イギリスの魅惑的で危険なスイーツの世界 その1 イギリス菓子ってどんなもの?

最近私の先輩筋の方が、脱サラして鯛焼き屋を開いた。なんでもお年寄りや病気の人にも食べてもらえるように、甘さを控えめの鯛焼きを出す店を出したとのこと。砂糖の使用量を1/4近くに減らすことを目標に作ったらしい。確かに、糖分を控えなくてはならない人は、なかなか甘いものが食べられない。そのような視点で鯛焼き屋を開くということはあまり聞いたことがないので、いい試みだと思う。

一方で、この話を聞いて最初に感じたのは、果たして鯛焼きというのは、そんなに甘い食べ物なのだろうか?ということだ。イギリスにいて感じるのは、日本の菓子は総じて甘さが非常に控えめだということである。これは日本にいたら気づかないことだが、日本では和菓子に限らず、ケーキなどの洋菓子でも甘さがかなり控えめで、それも「相当に」控えめだという実感がある。

年配の方々に聞くと、昔の羊羹やシベリアなどは、今よりずっと甘かったようで、砂糖が貴重だった時代は、やはりしっかり甘くすることが贅沢だったのだ。時代とともに日本人の味覚が変わり、健康志向の影響もあったり、何より日本人の食生活全体が多様化したことで、スイーツも相対化されたのかもしれない。

昔は一部の例外を除いて日本には和菓子しかなく、文明開花以降もバターの味などはなかなか人々に受け入れられなかった。日本料理は油物が少なく、天ぷらのような揚げ物でも油をカラッと切ったものが良質とされる。したがって、当時の日本人の味覚では、バターは非常に油臭く感じられ、ビスケットでさえ長らく売れない商品だった。

日本人は素材の味を大切にする。和菓子だって、小豆の繊細な風味や餅米の旨み、和三盆の柔らかな味わいを最大限に引き出している。洋菓子も同様で、日本人のパティシエたちはフランスをはじめとする本場の高い技術を会得して持ち帰り、現代の日本人の味覚に合った繊細な味を作り出した。それもまた甘さを控え目にすることにつながったように思う。

とにかくイギリスのスイーツは底なしに甘い!今回はそんな日本のスイーツとは別世界の、イギリスのスイーツについてお伝えしたいと思う。

イギリスのスイーツの実態

前述のようにイギリスのスイーツは、日本人の味覚からすれば非常に甘いものが多く、一個でもとても存在感がある。私も最初のころは、あまりの衝撃的な甘さに、「これはイカン!」と思ったものだ。甘すぎるし、大きすぎるし、カロリーも恐ろしい。くどくてしつこく、素材の味もよく分からない。ヨーロッパの中でもイギリスの菓子はかなり甘味が強い方に入ると思う。

私もケーキや和菓子は好きだが、あまりにも甘すぎるものは苦手。ハリーポッターの2作目だったか、クラッブとゴイルが宙に浮いているマフィン(それもいかにも甘そうな)を両手で持ち、満足そうに口いっぱいに頬ばっているシーンがあった。もう、見ているだけでお腹がいっぱいになったものだ。こんな甘い食べ物を幸せそうに食べられるイギリスの人たちは、自分とは味覚が違うのだろうと思ったものだ。

イギリスのケーキの多くはとにかく腰が抜けるぐらい甘いうえ、概ね重くて大きい場合が多い。例えば、チョコレートケーキひとつとっても、砂糖で「シャリッ」というほどで、ネットリと硬い濃厚なチョコレートペーストが2センチほどの厚みでスポンジに挟まれており、しかもそれが二層重ねなので、都合4センチを超えるチョコレートペースト層を擁したケーキとなり、さらに上からチョコレートソースでコーティングされていたりする。おまけにその大きさときたら、日本のケーキの4倍はあろうかという代物だったりするのだ。無論、恐るべきカロリーなのは言わずもがなである。

なぜこんなに甘くするのかと訝しく思っていたが、イギリス人の行動を見ていると、少しずつ理解してできてきたのである。

こうした甘さの違いや、スイーツ一個あたりの大きさの違いなど、両国におけるスイーツの在り方の違いは、食生活においてスイーツが果たす存在意義の違いから来ていると思われる。たとえば日本のケーキは、特別な時間を演出するための、見目に美しく華やかで繊細な味わいだ。甘みは抑えられ、小麦の香りや卵の甘み、クリームの味わい、ベリーの酸味といった素材本来の味がよく分かる。味のバランスがすばらしく、とても美味しいが、もう少し食べたいなという気持ちにもなる。だからスイーツのバイキングというものが流行ったのだろう。いつか思う存分食べてみたいという気持ちになるのが日本のケーキだ。

それに対してイギリスのスイーツは、考え方が根本から違う。とにかく一つでしっかりと満足できることを前提に作られている。コース料理の最後をしっかり締めくくる甘さ、一つでも「もうこれで十分、満足した!」と思えるものでなければならない。また、イギリス人は忙しいときにはスイーツ一つでランチを済ませるようなことも少なくない。生地のうえにマーマレードをおいて、チョコレートでコーティングしたジャッファケーキというソフトビスケットをつまんだり、チョコレートバー一つで済ませるようなこともよく見かける光景だ。イギリスのスーパーマーケットの陳列棚には、大きなチョコレートバーが何十種類も並んでおり、なかなか壮観なのだが、それだけ需要が多いということなのだ。

コース料理の最後をしめくくるのもスイーツの大事な役割だ。イギリスと日本、いずれも甘さが気持ちを落ち着かせてくれることは同じ。しかし、日本のスイーツは華麗なフルコースを締めくくるうえで、繊細な甘さで詩的に食事を終わりに導く役割を演じる。対するイギリスのスイーツは、ダイナミックな投球で野球の試合を締めくくるクローザーのような役割を果たしているのである。

両者の甘さの違いが、それぞれのスイーツに関する内在論理の違いによること、ご理解いただけただろうか。スイーツの存在意義が異なる以上、日本ではイギリスの激しく甘いスイーツは一部のファンを除いてなかなか売れないだろうし、イギリスでも日本のスイーツの真価はなかなか理解してもらえないような気がする。

味の文法を把握すると、味覚は変わる

ところが、人の味覚というものは、その土地の味の文法を理解したり、慣れていくことで変化する。私も初めてイギリスに来た頃には馴染めなかった味というものがいくつかあった。しかし、いつの間にか、その多くを積極的に美味しいと感じるようになっていった。この底なしに甘いスイーツも例外ではなく、ことあるごとに何度も食べているうちに、あるときからイギリス流のスイーツの美味しさの文法が分かるようになったのである。

つまり、「なるほど、こういう美味しさなのか」「こういう楽しみ方なのか」という気づきを経験してくると、意外なほど味覚はコロッと変わる。壮絶に甘い前述のチョコレートケーキも、バターと砂糖の塊のようなドーナツやマフィンも、数々ある濃厚なプディングの類も、いつしかその甘みや濃厚な味わいに満足するようになってしまった。いかんいかん、これは味覚破壊ではないのか?、と訝しむ向きもあるかもしれないが、決してそのようなことではなく、新しい楽しみ方を覚えたということにほかならないと本人は信じているのである。

味覚とは文化にほかならない。文化を理解するには、寛容にその土地の文化の文法を受け入れる姿勢が必要だ。これは食文化だけではなく、生活習慣や宗教行事、考え方など全般に言えることだ。郷にいれば郷に従い、むしろ喜んで浸ってしまうぐらいでないと、土地の文化を理解することはできない。そんなわけで、ここでは私も常にちょっとだけ罪悪感を感じながら、その背徳的な味わいを楽しんでいるのである。もちろん健康にいいわけはなく、カロリーのことはもはや考えないようにしているが。

困ったことにイギリスの味の文法に慣れてしまうと、確かに帰国後しばらくは日本のケーキはとても味が薄く感じる。いかにもはかなく、少し寂しく感じるほどだ。いつも以上に物足りなくなってしまう。

イギリスの食を彩るスイーツたち

そんなわけで、ここからはそんなイギリスのパワフルなスイーツを少しご紹介してみよう。まずは初級編の比較的甘さ控えめのものから。いや、食べやすい初級編と言ってもナメてかかってはいけない。そこはイギリスのスイーツ。ちゃんと罠が仕掛けてあるのだ。

まずはこちら、イートンメスというスイーツ。

砂糖を加えてホイップした生クリームに、焼いたメレンゲを割り入れて混ぜ、上からベリーソースをかけただけの、とても簡単なスイーツである。イートンというのはThe Nineと呼ばれる超エリートパブリックスクールの筆頭格であるイートン校に由来する。メスというのは「メチャクチャな」という意味なので、さしずめ「イートン校のグチャグチャプレート」といったところか。その昔、イートン校の生徒が鞄を落としたか何かで、弁当として持ってきたスイーツがぐちゃぐちゃになってしまったとか。

そんな故事に由来するスイーツだが、これは決して甘すぎる類のスイーツではない。むしろ生クリームの味わいにベリーソースがちょっとした酸味のアクセントを加えており、とても口当たりがよいので、甘いものが苦手な人でも食べやすい。特にクリームが好きな人にはお勧めだ。しかし、イートンメスは甘すぎないからといって、気を抜いてはいけない。そこはやはりイギリスなのだ。イートンメスは結構なポーションでサーブされるのが普通なのだが、それほど咀嚼する必要もなく、スルッと胃袋に入ってしまうため、あっという間にかなりの量の生クリームと砂糖を摂取してしまう。危険極まりないスイーツなので、食事との組み合わせには気をつけた方がいい。なにしろイギリスは料理の方もgreasyなものが多いのだ。

次にこちら。

イギリス菓子の代表格と言えば、このスコンをおいてほかにない。アフタヌーンティーで必ず供されることでも知られているが、イギリスでは女の子が初めて作る菓子でもあり、すなわち国民食なのである。日本ではスコーンというが、Queen’s Englishでは、短く簡潔にスコンと発音し、日本のカフェなどで出てくる「スコーン」とちがい、甘みがついていたり、生地がドスっと重いものではない。

本来スコンというものは、生地自体に甘みはついておらず、さっくりと混ぜ合わせた生地を手早くまとめて焼き上げる。このとき、ベーキングパウダーの力で上方向にガバッと膨らんだ「wolf’s mouthとよばれる裂け目ができる。また、ドシッとした生地というよりは、口の中でホロホロと崩れるような感触である。ドシッとした生地になったり、wolf’smouthができていないのは、大量生産などによる生地の練り過ぎが主な原因と思われる。

さて、スコンも甘くないからといって安心してはいけない。スコンを食べるときには、まず温かいスコンを手にとり、この狼の口の裂け目から、手で上下に割る。焼きたてのスコンの場合、わずかに湯気が立ち上って、バターと小麦粉の良い香りがたちこめる。そこに味をのせる。デボンシャー・クローテッド・クリームとストロベリージャムをたっぷりと乗せて食べる。塗るのではなく、塊のジャムとクリームを「のせる」という感覚である。クローテッド・クリームは最近日本でも手に入るが、日本のものは多くは色が白く、風味も少し淡麗だ。本場のものは表面が黄色みがかったクリーム色の乳製品で、香りも強く、バターと生クリームの中間的な味わいのトロリとした濃厚なクリームである。バターほど重くなく、生クリームよりもコクがあり、これが素朴な味わいのスコンに乳脂肪分のコクを加える。そこに真っ赤なストロベリージャムをたっぷりとのせて、濃厚かつ甘酸っぱい味わいを楽しむのだ。イギリスではジャムは塗るものではなく、たっぷりと「のせる」もの。これはパンでも同じである。だからスコンは一つでもかなり食べ応えがあり、カロリーも大変なことになっているのだ。

ロンドンの高級店のスコンは綺麗に整形され、頭に卵黄が塗られた直径7センチほどの上品なものが多いが、田舎のティールームなどで出てくるものの中には、直径が12〜13センチもあって、生地も適当に整形して焼いた不格好なものも多い。大きいのでひとつで満腹になる。ロンドンのような都会にあまり縁のない私などは、そういう田舎のスタイルのスコンの方が馴染みがあるのである。

スコンは温かいミルクティーとよく合うのだが、アフタヌーンティーではこのスコンを1人あたり2つ、それにサンドイッチやタルトなどが一緒に供され、それはもはや軽いおやつというようなものではなく、しっかりお腹に入れる「食事」に近いものだと言ってよい。時間のない旅行者は、スケジュールをつい詰め込みすぎるものだが、ランチのあと、アフタヌーンティーに行って、ディナーは高級レストランで、などと考えていると、まず夕食が入らなくなる。

イギリスではよほど仲良くならないと、自宅のディナーに人を招くということはしない。このあたりは中東あたりとはだいぶ感覚が違うと思われる。イギリス人の多くはパブやレストランを使って外で付き合いをする。自宅でアフタヌーンティーをする場合は、少し仲良くなってきた人を自宅に招く場という位置づけで、パブ以上、ディナー未満の空白を埋める場だと言える。当然ホスト側は何種類もの菓子を焼き、大量のサンドウィッチを作るので、それなりに手をかけたもてなしなのである。

もちろんイギリス人の友達がいなくても、街にはアフタヌーンティーを楽しめるレストランが沢山あり、気軽に楽しむことができるので、イギリスを訪れたときはぜひ試してみてほしい。ただし、ハイ・ティーとよばれるコースは、フルコースのアフタヌーンティーなので、夕食が入らなるのでご注意を。私はたいがいクリームティーという、スコンとお茶だけの簡易バージョンを頼むことが多い、

続編ではまた別のスイーツをご紹介したいと思う。本命の激烈に甘いスイーツも続編で。

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