スペインの美しいイスラム建築を訪れる 旅のガイドブック

著者 : GSAアソシエートフェロー 岡田麻衣

前回のコラムではスペインのイスラム建築を鑑賞するポイントとして、アラベスク、アーチ、パティオという3つの着目点について詳しく説明した。今回のコラムではそれを踏まえたうえで、実際に美しいイスラム建築を見るための旅のガイドブックの形でお勧めの場所を紹介していきたい。

Real Alcàzar de Seville

私が初めて訪れたイスラム建築は、セビーリャにあるReal Alcàzar de Sevilleだ。ここはもともと10世紀に政府施設として建設が命じられた建物で、時代や君主交代とともに増改築が繰り返されてきた。増改築部分ごとに、ゴシックやルネサンス風など、施主や城主となった人々の好みが反映されており、多様な建築様式を一度に楽しむことができる不思議な空間だ。

特に14世紀、5つの王国が存在した時期に、カスティーリャ王国の王であったペドロ1世の命で建てられたペドロ1世宮殿は、「ムデハル式」という建築様式が採用された。これはイスラムの建築とキリスト教建築の融合した作りであり、スペインやポルトガルで発展した様式である。

ペドロ1世は「ターバンをしないアラビア人」と呼ばれるほどイスラムの芸術と文化に心を奪われた人物として知られ、彼はここを憧れのアルハンブラ宮殿のようにしたいと望んだ。最高の建築技術を持つとされていた多くのイスラム教徒がその建造に従事したと言われており、その中にはアルハンブラ宮殿の「ライオンの中庭」を造園した建築家が呼ばれたことで、アルハンブラ宮殿を彷彿とさせる壮麗な宮殿が完成した。また、その完成度の高さが評価され1987年にはセビーリャの他の名所と合わせて世界文化遺産に登録された。

見どころやはりペドロ1世宮殿の「乙女の中庭」だろう。ここはアルハンブラ宮殿を模写したような景観で、再現度の高さに驚かされる。ここで注目してほしいのは、1階部分と2階部分の建築様式の違いだ。1階部分は14世紀に建てられているためムデハル式の造りだが、2階部分は16世紀に増築された部分で、こちらはルネサンス様式で造られている。一度に建てられた建物ではなく、様々な王の好みが反映されているアルカサルだからこそ見ることができる景観なのだ。

実際にアルカサルを訪れた後にアルハンブラ宮殿を訪ねてみると、本当にそっくりそのまま移築したかのような再現度で、是非日程に余裕のある方はどちらも訪れ、それを体感していただきたい。


またここでは「大使の間」の見学も忘れてはいけない。ここは名前の通り政治や外交の場として使用され、宮殿の中で最も豪華な空間である。ここは馬蹄形アーチ、アラベスク、漆喰細工など、ありとあらゆるイスラム建築の魅力が詰め込まれた空間である。装飾は白を基調とした壁に華やかな金色にさわやかな淡い青、気品を感じさせる濃い青が主に使われており、アルハンブラ宮殿を上回るほどの華やかさを誇っていた。

この空間に入ったら上を見上げていただきたい。そこに広がるのはドーム型の天井で、装飾がびっしりと施されている。ここは宇宙を表現した天井なのだが、まさしく未知なる宇宙に自分が溶け込んでいくように感じられる。

ここで皆さんには、アラベスクの説明をぜひ思い出していただきたい。あの説明は私が特にこの空間で感じたことをお伝えしたのである。ここを訪れれば、皆さんも頭上に広がる未知の世界観にきっと心をゆだねたくなるはずだ。

Alcazaba of Málaga

続いてのスポットはマラガにあるAlcazaba of Málagaだ。アルカサバというのは城砦のことで、スペイン国内にたくさん存在する。マラガのアルカサバはローマ時代の要塞の上に11世紀に建てられたもので、これはアルハンブラ宮殿よりも古い。イスラム教徒がこの地を統治していた時代の建築のため、イスラム様式で建てられている。

ここはヒブラルファロ山麓の急斜面沿いにあり、上の方に宮廷エリアがある。この城砦は守りと宮廷の機能を共存させるため、宮廷エリアまでの道のりにはたくさんの砦や迷路のような通路が配置されているのだが、一方の宮廷エリアでは庭園や水路が整えられ、緑にあふれている。ふもとから宮廷まで登っていくことでこの変化を観察することができるので、是非訪れた際にはこの構造を体感していただきたい。

 おすすめポイントは2か所。1つ目は名もなき城壁の一部分。ある程度登っていくと緑に囲まれた坂があり、そこには美しい花たちが咲き、南国を彷彿とさせる木々が植えられている。マラガという港町とこの南国の木々を見ると、まるでバカンスに来たような気分になる。

2つ目のポイントは、展望台にあるアーチと地中海のコラボレーションではないだろうか。多くのイスラム建築は山の中や街の中心にあり、「イスラム建築と海」の組み合わせはなかなか見ることができない。しかし、このマラガはアンダルシア地方では最高レベルと言われる地中海の絶景が楽しめるスポットだ。宮廷の中庭を抜けるとこの展望台があり、そこからマラガの絶景を楽しむことができる。中庭から外を見ると、アーチがまるで額縁のように見える。気に入ったアーチを探して、その額縁と外の景色との出会いを楽しむことができる。

この中庭は白色のみのシンプルなデザインであるが、これはアルハンブラ宮殿にもセビーリャのアルカサルとも違う。ぜひ皆さんにもこの一味違った海に近い中庭で、そのさわやかな風を楽しんでほしいと思う。

Alhambra

最後はいよいよグラナダにあるアルハンブラ宮殿の魅力をお伝えしていきたい。今回の旅の中ではマラガからバスを利用して日帰りでアルハンブラを観光した。グラナダには国際空港はないため“わざわざ”行かなくてはいけない場所にあるが、その価値は大いにある。マラガからバスに揺られること約2時間。グラナダのターミナルからはローカルバスやタクシーを使ってアルハンブラを目指していく。途中の広場には女王に謁見するコロンブスの像があり、グラナダという土地の歴史を感じることができるスポットがちらほら。今回の旅ではグラナダの滞在時間が短く、アルハンブラ宮殿を散策して終わってしまったので、是非訪れる際は1泊すると土地を存分に楽しめるだろう。

アルハンブラ宮殿は14世紀に完成したイベリア半島最後のイスラム王朝であるナスル王朝(グラナダ王国)の大宮殿である。広大な敷地を誇り、官僚や君臣の住居、モスク、学校などの施設がある城塞都市となっている。アルハンブラはアラビア語から来た言葉で「赤い城」を意味しており、その名の通り緑の丘の上に赤レンガで築かれた建物が美しく映えるのも特徴の一つだ。また、このアルハンブラ宮殿はイスラム建築の最高峰とも言われており、世界遺産としても登録されている。

そんなアルハンブラ宮殿だが、敷地が広すぎて正直回るのは大変だが、ゆっくり時間をとってすべて回るのがおすすめだ。建物によって用途やデザインが異なっており、様々なイスラムの芸術を楽しむことができる。また、楽しむコツは見どころをしっかりと抑えて回ることだ。たくさんある見どころの中でも今回は私のおすすめスポットをエリアごとにご紹介しよう。

ナスル朝宮殿

ナスル朝宮殿はアルハンブラの中でも最高の美しさを誇るスポット。細部にまでイスラム建築の技術がちりばめられており、その美しさに人々は王が魔法を使って完成させたのではと噂したほど。その美しさは朽ちることなく、現代の私たちもお目にかかることができる。

ただし、ここに入るためにはチケットが必要なのでお忘れなく。

アラヤネスの中庭(コマレス宮)

アルハンブラを代表する景色が見れるのがここ「アラヤネスの庭」である。中央には長さ約34メートルもある池があり、コンディションがよければその水面に映る逆さコマレス宮を楽しむことができる。

また、両サイドには刈り込まれた植物が列を乱さず並んでおり、空間すべてが精巧に作り込まれている。またアルハンブラを代表するこの景色、前述したようにセビーリャでのアルカサルの景色と似ていることに気づくだろう。このアラヤネスの中庭こそがアルハンブラを代表するポイントであり、ペドロ1世が憧れた景色である。白地の壁紙には青いアラベスク模様が施され取り、アーチを通してみるとイスラム芸術を一度に楽しむことができる。

ライオンの中庭(ライオン宮)

アラヤネスの中庭を進んでいくとライオン宮に行きつく。そのまま歩みを進めていくとナスル朝宮殿のハイライトである「ライオンの中庭」にたどり着く。ここはかつての王の居住スペースで、男子禁制のハーレムだった。中庭の名前の由来は、中央にあるライオン像が支える噴水。ライオン像はちょうど12頭おり、水を吹き出すライオンの数が時刻を示す水時計だったそう。

もちろんこのライオン目当てで来る観光客も多いが、私のおすすめはアーチに施された装飾の美しさだ。馬蹄形アーチに施された美しく細やかな装飾。中庭から差し込む日の光が陰影を創り出し、その美しさを際立たせている。

また、多葉アーチの部分もあり、馬蹄形アーチとはまた違う日の光の入り方で、異なった美しさを楽しむこともできる。施されている装飾はアラベスク模様で、アラビア文字がデザインされているものもあり、使われている素材の色は一緒だが異なる模様で違った表情をしているのでそれも楽しみの一つになるだろう。

ヘネラリフェ

最後のご紹介するのは王たちが休暇を過ごしたとされる夏の離宮「ヘネラリフェ」だ。ここは別名「水の宮殿」と呼ばれる場所だ。離宮の建物まで広大な庭園が続いており、池と噴水、美しく華やかな花々がずっと続いている。ここは小高い丘にあるため、眼下の街並みや宮殿を眺めながら噴水から噴き出す水の音を楽しむことができる。ただし、花々を楽しむには季節を選ぶ必要があるので注意が必要。冬の時期は少し寂しい印象になってしまうので、春がオススメ。

このヘネラリフェの見どころなのは「アセキアの中庭」だ。足を踏み入れた途端目に入ってくるのは、細長い池にかかるアーチ状に噴き出る噴水。そこを囲むように咲き乱れる美しい花々。まさしくイスラム教徒が憧れた「天井の楽園」を体現している、そんな夢のような空間だ。

水が流れる音は心地よく、風が吹くたびに花々が香る。数々のパティオをこの地域の旅の中で見てきたが、ここがダントツで美しく、魅了されたパティオだった。庭には椅子が用意されており、そこに座って庭園を眺めているだけで幸せになれる、そんな空間。少したどり着くまでの道のりが長いが、ぜひにも訪れてほしい場所だ。

今回はスペインの独特な文化・芸術のカギとなるイスラム教の文化や、スペインで楽しむことができる芸術についてご紹介してきた。スペインの旅をお考えであれば、ぜひ参考にしていただきたい。次回はイスラム建築以外にも魅力がたくさんあるアンダルシアの都市をご紹介していきたい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました